明治神宮第二球場は今どうなった?解体理由と外苑再開発の現在
高校野球の聖地として数々の激闘が刻まれ、都心のゴルフ練習場としても多くのファンに親しまれた明治神宮第二球場。2026年を迎えた現在、かつてグラウンドが広がっていた敷地では何が起きているのでしょうか。神宮外苑地区の景観保護や樹木伐採を巡る議論が全国的な注目を集めるなか、第二球場を取り巻く情勢は刻一刻と変化しています。
本記事では、明治神宮第二球場の歴史的価値から閉鎖・解体に至った経緯、そして跡地で進む新秩父宮ラグビー場の移転・新設プロジェクトまで、公表データや現場取材の視点を交えて徹底的に解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:明治神宮第二球場は再開発の第一段階として2023年に閉鎖・解体着手され、跡地には「新秩父宮ラグビー場」が移転建設される。
- 要点2:解体の背景には、老朽化対策に加え、現在のラグビー場と神宮球場を段階的に建て替える「連鎖型再開発スキーム」の起点となる役割があった。
- 要点3:樹木保全や環境アセスメントの見直し論争を受けつつも、新施設はスポーツとエンターテインメントが融合した屋根付き複合スタジアムとして整備が進む。
【現場検証】明治神宮第二球場の現在地と解体工事の最新進捗
明治神宮外苑再開発事業の口火を切る形で閉鎖された明治神宮第二球場。長らく高校野球東京大会の熱戦を見守ってきたバックネットや外野フェンス、そしてネットが張り巡らされていたゴルフ練習場の設備は完全に撤去され、敷地は新たなフェーズへと移行しています。
事業主体の三井不動産や明治神宮などが公表した工事計画によると、神宮第二球場エリアは新秩父宮ラグビー場(仮称)の建設用地として設定されています。現地では遮音パネルに覆われた敷地内で基礎工事に向けた準備が進められており、かつて球児の打球音やゴルファーのスイング音が響いていた空間は、最新鋭スタジアムの建設現場へと姿を変えました。
環境保全を求める市民運動や樹木伐採計画の見直し要請を受け、一部の工程で慎重な調査と調整が重ねられていますが、外苑地区の機能更新における最前線として工事が進められています。

歴史と記憶|高校野球の聖地とゴルフ練習場が果たした役割
1926年に明治神宮外苑競技場の付属施設(相撲場など)としてルーツを持ち、1961年に野球場として竣工した明治神宮第二球場は、昭和から平成にかけて東京のスポーツ文化を支え続けた特異な存在でした。
高校野球ファンにとって、ここは「春・秋の東京都大会本球場」であり、夏の東西東京大会でも数々の名勝負を生んだ舞台です。隣接する明治神宮野球場(第一球場)に比べてスタンドとグラウンドの距離が近く、ベンチの声や捕手のミット音がダイレクトに響く臨場感は、多くの高校野球ファンや関係者を惹きつけました。
一方で、非試合時には外野フェンスに向かって打席が並ぶ明治神宮外苑ゴルフ練習場として営業。青山・神宮前という都心の一等地にありながら広々としたドライビングレンジを利用できる貴重なスポットとして、平日夜や週末には多くのビジネスパーソンやゴルファーで賑わいました。この「野球場とゴルフ練習場の二刀流」という柔軟な運用こそが、第二球場ならではのアイデンティティだったと言えます。
客観データで見る明治神宮第二球場のスペックと再開発後の比較
失われた施設の規模感と、跡地に誕生する新施設がどのような変貌を遂げるのか、公式発表資料に基づき比較表で整理します。
| 項目 | 旧・明治神宮第二球場 | 跡地に建設される新施設(新ラグビー場) | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 主な用途 | 高校野球公式戦、ゴルフ練習場 | ラグビー公式戦、多目的イベント、興行 | アマチュア主体から多目的型興行施設へ機能転換 |
| 収容人数 | 約5,600人 | 約15,000人〜25,000人規模(可変式計画) | キャパシティは3倍以上となり収益性が大幅に向上 |
| 構造・設備 | 鉄筋コンクリート造(一部スタンド)、屋外 | 密閉・開閉屋根付きスタジアム、VIP席完備 | 天候に左右されない通年稼働型インフラへ刷新 |
| フィールド寸法 | 両翼91m、中堅116m(人工芝) | 国際規格対応フットボールフィールド(ハイブリッド芝等) | 国際試合やトップリーグ開催に最適化された規格 |

なぜ第二球場から解体されたのか?連鎖型再開発の構造的理由
「なぜ神宮球場や秩父宮ラグビー場ではなく、第二球場が真っ先に取り壊されたのか」という疑問を持つ人は少なくありません。この順番には、都市開発における「事業継続性(プレイス・チェンジ)の担保」という明確な理由が存在します。
神宮外苑再開発の全体スキームは、既存のスポーツ興行を完全にストップさせないための玉突き移転方式が採用されています。
- ステップ1:利用頻度と収容規模が比較的小さい明治神宮第二球場を解体し、その跡地に「新秩父宮ラグビー場」を建設する。
- ステップ2:新ラグビー場が完成した後、現存する「秩父宮ラグビー場」を解体し、その跡地に「新神宮球場」を建設する。
- ステップ3:新神宮球場が完成した後、現在の「神宮球場」を解体し、広場や緑地空間として整備する。
東京ヤクルトスワローズの公式戦本拠地や大学野球の聖地としての神宮球場、そしてジャパンラグビーリーグワンの主要会場である秩父宮ラグビー場の稼働を止めずに再整備を行うため、第二球場の用地が再開発のトリガー(引き金)として選定されました。
一般に知られていない盲点とネットの誤解
明治神宮第二球場の解体および外苑再開発を巡っては、SNSやネット掲示板などで一部誤解を含んだ言説が見受けられます。都市計画および歴史的経緯から、代表的な3つの誤認を整理します。
誤解1:「歴史あるイチョウ並木がすべて伐採される」という誤認
絵画館前の有名な4列のイチョウ並木そのものが伐採・撤去されるわけではありません。再開発計画ではイチョウ並木の保全が基本方針とされています。ただし、新球場建設に伴う根系への影響や地下水位の変化に対する懸念が専門家から指摘されており、樹木医による調査と保全措置の検証が続けられています。
誤解2:「公金(税金)の乱用による公共工事である」という誤認
神宮外苑の土地の大部分は明治神宮の私有地であり、本事業は明治神宮、三井不動産、伊藤忠商事、日本スポーツ振興センター(JSC)などの民間事業者および宗教法人が主体となって進める民間都市再生事業です。明治神宮の内苑を維持管理するための財源確保という側面が事業の根底にあります。
誤解3:「第二球場の閉鎖で東京の高校野球が崩壊する」という誤認
第二球場の閉鎖により一時的に球場確保の調整が必要となったものの、大田スタジアム、駒沢球場、府中市民球場、ダイワハウススタジアム八王子など都内各球場への分散開催や日程調整によって公式戦は継続されています。高校球児の活躍の場が失われたわけではありません。
【プロの結論】都市更新と文化継承における意思決定の視点
都市のインフラ更新において「歴史的ノスタルジーの保存」と「持続可能な防災・収益性の確保」は常にトレードオフの関係にあります。神宮外苑のケースは、築年数を超えた老朽施設の延命限界と、100年先を見据えた都市空間の再構築が交差する典型例です。感情論にとどまらず、施設の維持コストや安全性、都市機能の向上という多角的な評価軸を持つことが重要となります。

【明治神宮第二球場】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:第二球場にあったゴルフ練習場の代替施設は近くにありますか?
A1:外苑敷地内のゴルフ練習場は完全に閉鎖されました。近隣エリアで練習を行う場合は、練習機器が充実した都内のインドアゴルフ施設や、近隣区(世田谷区、品川区、江東区など)に位置する屋外ゴルフ練習場を利用する必要があります。
Q2:新秩父宮ラグビー場と新神宮球場の完成はいつ頃になりますか?
A2:当初計画では新ラグビー場が2027年度から2028年度頃、新神宮球場が2031年度から2032年度頃の完成を目指していましたが、環境保全対策や計画見直し協議の進行状況により、全体スケジュールには柔軟な調整が行われています。
Q3:第二球場の解体に対して保存運動は起きなかったのですか?
A3:第二球場単体というよりも、神宮外苑全体の豊かな樹木景観や歴史的風致を守る観点から、日本イコモス国内委員会や著名人、市民団体による大規模な見直し署名運動が展開されました。これを受けて事業者側も樹木の伐採本数削減や移植計画の拡充など見直し案を提示しています。
まとめ:次世代の神宮外苑へ引き継がれるスポーツの系譜
明治神宮第二球場は、約60年にわたり東京のアマチュア野球と市民スポーツを支えた役目を終え、姿を消しました。その解体は単なる施設の消滅ではなく、100年の歴史を持つ神宮外苑が次の100年へ向けて舵を切るための大きな転換点です。
跡地に生まれる新たなスタジアムが、かつて第二球場が持っていた親しみやすさと熱気をどのように受け継ぎ、都市の緑と調和していくのか。外苑再開発の行方を引き続き注視していく必要があります。 (出典: 明治 神宮 第 二 球場(Yahoo!ニュース))